御遠忌法要とは、親鸞聖人の明らかにされたお念仏の教えに出遇わせていただく五十年に一度お勤めする大切な法要です。

本年、2015年11月1日に厳修

開催日
平成27年(2015年)11月1日(日)〈雨天決行〉
※午後9時半より、順次着替えを始めます。
※稚児行列の出発は12時半からです。
参加費
6,000円(衣装代・お弁当・御供物・保険料・御懇志込み)
募集定員
募集は終了しました。
締切日
募集は終了しました。
たくさんのご応募ありがとうございました!

ご参加になられる方はこちらをご覧ください。

お稚児さんは、幼子が天童子の姿をまとい、佛の子としてお仕えし、仏縁を深め、健やかな成長を願うというものです。

本年、2015年11月1日に厳修

開催日
平成27年(2015年)11月1日(日)〈雨天決行〉
※午後9時半より、順次着替えを始めます。
※稚児行列の出発は12時半からです。
参加費
6,000円(衣装代・お弁当・御供物・保険料・御懇志込み)
募集定員
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About SHOKAKUJI

正覺寺について

ごあいさつ

ごあいさつ

住職 稲垣 順一拝啓

平素は、正覺寺に格別のご交誼にあずかり厚くお礼申し上げます。

さて、正覺寺ではかねてより準備をすすめておりましたホームページが完成し、下記のとおり公開いたしました。

昨今お骨の埋葬に関するお問い合わせが多く、正覺寺本堂内に「納骨所(納骨壇)」を、また後継者のない方々には「正覺寺合祀(永代供養)墓」を設立いたしました。そこで正覺寺門信徒のみならず、納骨についてお悩みの方々にもお知らせをして、広く募集をすることといたしました。

また、正覺寺に関する詳細な情報もお知らせしてまいります。ご覧いただきましたら、ご感想、ご意見をいただけると幸甚に存じます。正覺寺は今後も皆様にご理解を深めていただけるよう、ホームページの改善やコンテンツの充実に努めてまいりますので、ホームページをご覧いだきますようお願い申し上げます。

合掌

- 記 -

運用開始日:平成24年9月1日
HPアドレス: http://www.syougakuji.jp
メールアドレス: info@syougakuji.jp


正覺寺の歴史

正覺寺の歴史

貞観年間(860年頃) 三寶山圓城院 創立
平安期 中興開基 賢智の代に、真宗に改宗して三寶山圓城院を改め、三寶山正覺寺となる
元亀元年(1570年) 本願寺顕如上人の教書を受けて、長島願証寺一揆の軍勢に加わる
元亀2年(1571年) 織田信長に北伊勢一帯の社寺が悉く滅ぼされたが、多度神宮寺の阿弥陀如来木仏(横川源信僧都自作伝)を当山に迎え、御本尊とする
天正12年(1585年)3月1日 中興開基賢智没
應長4年(1599年) 2代目 玄智(賢智の長男)没
寛永元年(1624年) 3代目 正珍(玄智の次男)没
貞享3年(1687年) 4代目 玄惠(正珍の長男)没
元禄14年(1702年) 5代目 玄説(正珍の次男)没
正徳4年(1715年) 6代目 玄了(正珍の三男)没
元文元年(1736年) 7代目 智哲(玄説の長男)没
安永2年(1774年) 8代目 建幢(智哲の三男)没
安永3年(1775年) 多度町福永伊東半太夫氏より入寺し、8代目建幢の養子となった9代目 義弁(建幢の養子)没
文化元年(1804年) 11代目 諦圓(諦静の三男)住職となる
文化9年(1813年) 多度町福永伊東半太夫氏より入寺した義弁の実弟で、9代目義弁の養子となった10代目 諦静(義弁の実弟)没
文化10年(1814年) 岐阜県海津市海津町福江栄通寺様より入寺し、11代目諦圓の養子となった12代目 洳同(諦圓の養子)没
文政7年(1825年) 13代目 諦圓(諦静の三男) 没
嘉永2年(1849年) 愛知県愛西市立田町寶球寺様より入寺し、13代目諦圓の養子となった14代目 琳城(諦圓の養子)、住職となる
明治20年(1888年) 15代目 賢城(琳城の三男)、住職となる
明治24年(1892年) 濃尾大地震にて、本堂・書院・庫裏・鐘楼堂等全壊する
明治25年(1893年) 14代目 琳城(諦圓の養子)没
明治31年(1899年) 河川改修のため現在の場所に寺地移転する
明治36年(1904年) 現在の本堂が再建される
昭和10年(1936年) 15代目 賢城(琳城の三男)没
平成9年(1998年) 16代目 賢秀(賢城の次男)没
平成17年(2005年) 17代目 應順が三重県津市の在家より入寺、現在に至る